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新居城

(あらいじょう)

新居城は、愛知県尾張旭市城山町長池下に存在した中世の日本の城です。この城は、水野氏の居城として歴史に名を刻み、その歴史や伝承が現在でも多くの人々を魅了しています。

新居城の概要

新居城は、水野又太郎良春が開拓した新居村に、その子孫である水野雅楽頭宗国によって築かれました。この城は、北西に長池、北東に山田池を控えた要害の地に位置しており、その地形を活かした築城が特徴です。

水野良春の銅像

名鉄瀬戸線・尾張旭駅前には、新居村を開拓した水野良春の銅像が建てられています。この像は地域の歴史を象徴するものとして多くの人々に親しまれています。

無二流棒の手

新居村には、水野良春が吉野の修験道から持ち込んだとされる「棒の手」が伝えられています。この伝統芸能は「無二流」と称され、現在では尾張旭市を代表する文化財の一つです。

新居城の沿革

南北朝時代

康安元年(1361年)、水野又太郎良春は志段味城(現・名古屋市守山区)から新居村へ移り、開村を進めました。新居とは新たに開拓された地を指す言葉であり、中世においてよく用いられました。この地には「新しい住まい」を意味する「新居」の名が付けられました。

応安7年(1374年)、良春は新居城を築城しましたが、その年に没し、退養寺に葬られました。

室町時代

長禄4年(1460年)、良春の四代目の孫である水野雅楽頭宗国が現在の城山公園にあたる地に新たに城を改修・築城しました。以後、戦国期を含めた詳細な記録は乏しいため、多くの点で不明瞭です。

新居城の遺構

新居城は比高20mほどの丘陵に築かれ、現在では城山公園として整備されています。南側の道路には「旭城」という模擬天守風の建物が建てられ、休憩施設として利用されています。

城跡の特徴

主郭は模擬天守の北側に位置し、現在はテニスコートとなっています。また、東側の土塁が一部残されており、案内板が設置され、城の歴史を学ぶことができます。堀跡とされる部分も確認されており、その規模から新居城の重要性が伺えます。

堀切と橋

遺構の中には堀切があり、その上に現在は橋が架かっています。この堀は深さ約5m、幅約8mであり、市内では最大級の規模を誇ります。

アクセス情報

鉄道でのアクセス

名鉄瀬戸線「尾張旭駅」から徒歩約15分で新居城跡地に到着します。

車でのアクセス

名古屋第二環状自動車道「大森IC」から約15分、または東名高速道路「名古屋IC」から約20分で到着します。公園には無料の駐車場(300台)が完備されています。

御城印の取得

城山公園内の「スカイワードあさひ」では、尾張旭七城巡りの御城印を取得することができます。歴史散策の記念としてぜひ訪れてみてください。

まとめ

新居城は、水野氏の歴史とともに、中世から現代までその名を遺しています。現在の城山公園では、城の面影を感じながら散策を楽しむことができます。アクセスもしやすく、歴史を学びたい方や、地元の文化に触れたい方におすすめの観光地です。

Information

名称
新居城
(あらいじょう)

犬山・瀬戸

愛知県