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小牧山

(こまきやま)

小牧山は、愛知県小牧市に位置する標高86mの山です。かつて織田信長の居城であった小牧山城が築かれ、現在は山全体が「史跡公園」として整備されています。桜の名所としても有名で、多くの観光客が訪れます。

小牧山の概要

小牧山は濃尾平野の中央にあり、その頂上に位置する小牧城からは周囲を一望できます。山の東西は約600メートル、南北は約400メートル、総面積は約21ヘクタールです。山頂には二等三角点が設置されています。

織田信長の命により、この山の頂上に山城が築かれました。この城は後に徳川家康が小牧・長久手の戦いで使用したことで広く知られるようになりました。公園内には城跡、曲輪(くるわ)、井戸の跡、復元された土塁などの歴史的な遺構が点在しており、歴史に触れながら散策が楽しめます。

桜の名所

春になると、小牧山全体が美しい桜に包まれます。その景色は訪れる人々を魅了し、桜の季節には特に賑わいます。

希少な植物

山の北部にはタブノキが自生しています。この地方でタブノキが見られるのは小牧山だけであり、貴重な自然環境として保護されています。

小牧山城について

小牧山城(こまきやまじょう)は、織田信長が美濃攻めの拠点として築いた城です。標高86mの小牧山に築かれたこの城は、わずか4年間しか使用されませんでしたが、後の城郭体系に大きな影響を与えました。

築城の背景

信長は桶狭間の戦いに勝利した後、美濃攻略の拠点として小牧山を選びました。永禄6年(1563年)、丹羽長秀を奉行として小牧山城を築き、兵力を移転しました。この城は「火車輪城」とも呼ばれ、信長の美濃攻めを支える重要な拠点でした。

構造と特徴

本丸は山頂に築かれ、その周囲は三重の石垣で固められています。山麓から頂上へ向かう大手道は、防衛上の工夫が施されており、後の安土城に類似する構造が見られます。発掘調査によって、信長の家臣である佐久間信盛に関連する石材なども出土しており、築城には家臣団の協力があったことがわかっています。

歴史的な役割

天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは、徳川家康がこの山を陣地として利用しました。家康の巧妙な戦略により、豊臣軍を退けることに成功し、小牧山は歴史の舞台としてその名を刻みました。

現在の小牧山

現在、小牧山は観光地として多くの人々に親しまれています。山頂には1967年に建てられた天守閣風の建物「小牧市歴史館」があり、城の歴史や文化について学ぶことができます。また、自然豊かな環境は散策やハイキングにも最適で、四季折々の風景を楽しめます。

施設

小牧市歴史館(小牧城)

概要

現在の小牧城の建物は、1962年(昭和42年)に名古屋市在住の実業家・平松茂氏が自身の財産を投じて建設し、小牧市に寄贈したものです。この建物は、西本願寺の「飛雲閣」をモデルにしており、1968年(昭和43年)に開館しました。各階には中世から現代に至る小牧市の歴史的資料が展示され、最上階は展望施設として利用されています。

2006年(平成18年)には施設の老朽化およびアスベスト使用問題のため改装工事が行われ、2007年(平成19年)にリニューアルオープンしました。また、夜間にはライトアップも実施されています。

館内案内
1階

小牧山コーナーでは、小牧山城やその周辺から出土した歴史資料を展示しています。また、商家コーナーでは江戸時代末期から明治時代初期にかけての商家を再現しています。

2階

小牧・長久手合戦コーナーでは、この戦いを表した模型やビデオ映像が展示されています。さらに、原始・古代から近代に至るまでの歴史的資料も紹介されています。

3階

情報コーナーでは、小牧市内の文化財やお祭りに関する映像を視聴できます。

4階

展望室からは濃尾平野を一望でき、有料の双眼鏡も設置されています。

その他の施設・史跡

催事情報

所在地と交通アクセス

小牧山へは公共交通機関や車で訪れることができます。小牧市内からのアクセスも良好で、観光客にとって非常に便利な立地です。特に桜の季節には多くの人で賑わうため、早めの計画が推奨されます。

所在地: 愛知県小牧市堀の内1-1

交通手段: こまき巡回バス(こまくる)、ピーチバス、とよやまタウンバス、名鉄バスの「小牧市役所前」停留所を利用すると便利です。

歴史と自然が調和した小牧山は、訪れる人々に多くの魅力を提供してくれる観光スポットです。

Information

名称
小牧山
(こまきやま)

犬山・瀬戸

愛知県