愛知県 > 犬山・瀬戸 > 前利神社

前利神社

(さきと じんじゃ)

前利神社は、愛知県丹羽郡扶桑町にある歴史ある神社です。本殿は前方後円墳の上に建立されていると伝えられており、古代からの信仰が受け継がれています。格式高い神社として地元の人々に親しまれ、多くの歴史的背景を持つ神社の一つです。

歴史

創建の由来

前利神社の創建時期は明確には分かっていませんが、この地域の有力者であった前刀連(丹羽臣)が祖神である神八井耳命(かみやいみみのみこと)を祀った神社とされています。『延喜式神名帳』には「従三位上前利天神」との記載があり、古くから信仰を集めていたことがうかがえます。

地名の変遷

この地域は『和名抄』では「前刀(さきと)」と記されており、1608年(慶長13年)の検地帳にも「前刀村」として記録されています。また、『続日本紀』には841年(承和8年)に「前刀連氏賜姓県連神八井命之後云々」との記述があり、県主前利連の氏神としての由緒があるとされています。「県屋敷」「県夕」という地名が今もこの地域に残っています。

江戸時代から明治時代

江戸時代には尾張藩徳川家の厚い信仰を受け、1870年(明治3年)には徳川慶勝が自ら参拝し、「前利神社」と揮毫した扁額を奉納するなど、格式の高い神社として崇敬されていました。また、前利氏に関係する豪族の古墳の上に建てられた神社であるとも伝えられています。

1872年(明治5年)に郷社に指定され、1877年(明治10年)には再度郷社と改称。その後、1935年(昭和10年)に社殿を新築し、1938年(昭和13年)には県社へと昇格しました。

放火被害と再建

2016年(平成28年)4月1日の未明に放火による火災が発生し、本殿約400平方メートルが全焼しました。その後、多くの地域住民の支援を受け、2019年(令和元年)10月30日に再建されました。新たな社殿は、本殿約7㎡、拝殿約40㎡の規模で、再建費約1億1,000万円のうち、地域の1,107人からの寄付5,000万円超と保険金を活用して復興が実現しました。

ご祭神

神八井耳命(かみやいみみのみこと)

前利神社の主祭神である神八井耳命は、古代日本の皇族とされる神様で、地域の守護神として長年にわたり崇敬されています。

神塚跡

神塚跡は、斎藤の「県夕」にあったとされ、橿塚(かしづか)椿塚(つばきづか)の二つの塚が存在していました。これらの塚は、古代の県主連氏益の邸内にあり、中世には県連の祖先に関連する社宮神や福之宮が祀られていたと伝えられています。明治維新の際、これらの塚は前利神社の境内に移され、現在は末社となっています。また、この塚は県主連氏益の近親者の古墳である可能性も指摘されています。

地域との関わり

地名の由来

扶桑町の大字「斎藤」は、もともと前利(さきと)または前刀(さきと)と呼ばれていた地域です。いつ頃から「斎藤」と呼ばれるようになったかは明らかではありませんが、江戸時代にはすでに「斎藤」として定着していたとされています。

また、ある伝承によると、江戸時代に疫病が流行した際、「前利」と「村名」が同じであるため、神の怒りを買ったと考えられ、それを鎮めるために「斎藤」と改めたという説もあります。さらに、以前は「さきとの神社」とも呼ばれていたとも伝えられています。

文化財

前利神社掛軸

前利神社には、扶桑町指定有形文化財である「前利神社掛軸」が所蔵されています。この掛軸は、歴史的価値のある貴重な書跡として認定されています。

アクセス情報

所在地

愛知県丹羽郡扶桑町斎藤宮添3

扶桑町立扶桑中学校の北西約500mに位置しています。

交通手段

名鉄犬山線扶桑駅から徒歩約15分で到着します。

まとめ

前利神社は、古代から続く歴史と格式のある神社として、地域の人々に親しまれています。古墳の上に建立されたという伝承や、尾張藩徳川家の崇敬を受けた歴史、さらには近年の再建など、多くの物語を持つ神社です。神塚跡や地域の地名との関わりなど、歴史好きな方には特に興味深い場所となっています。訪れる際は、ぜひ神社の歴史や文化を感じながら参拝してみてください。

Information

名称
前利神社
(さきと じんじゃ)

犬山・瀬戸

愛知県