定光寺は、愛知県瀬戸市定光寺町に位置する臨済宗妙心寺派の寺院です。桜や紅葉の名所としても知られ、四季折々の風景が訪れる人々を魅了します。また、尾張徳川家初代・徳川義直の廟所である源敬公廟が隣接しており、歴史的価値も非常に高い場所です。
定光寺の山号は「応夢山(おうむざん)」であり、本尊は延命地蔵願王菩薩(地蔵菩薩)です。この寺院は尾張徳川家の菩提寺ではありませんが、同家の歴史に深く関わっています。
尾張の鬼門封じの役割を担い、古くから「参詣すれば災難はたちどころに消える」と信仰を集めてきました。本堂「無為殿」は国の重要文化財に指定されており、訪れる人々に深い歴史と文化を感じさせます。
定光寺は建武3年(1336年)、覚源禅師(平心處齊)によって開山されました。当時の領主である水野致国や山内入道の協力により創建され、臨済宗建長寺派の寺院としての歴史を歩み始めました。その後、慶安2年(1649年)には喝堂全用によって再興され、妙心寺派寺院としての地位を確立しました。
慶安3年(1650年)、尾張徳川家初代徳川義直が没すると、翌年から3年をかけて源敬公廟が造営されました。この廟所は尾張徳川家の庇護を受け、定光寺の歴史に深く関わることとなりました。その後、尾張徳川家の墓所は1936年に整理され、遺骨は鉄筋コンクリート造の納骨堂にまとめられました。
本堂(無為殿)は室町時代後期の建築様式を持ち、禅宗様の典型を示しています。火災による焼失を経て明応2年(1493年)に再建され、その後も修復を重ねながら今日に至っています。特に、内部の海老虹梁や大瓶束などの装飾は精緻で美しく、建築技術の高さを物語っています。
源敬公廟は徳川義直の廟所であり、寺域の東側に位置しています。廟所内には竜の門や唐門、焼香殿、宝蔵などが配置され、重要文化財に指定されています。
尾張徳川家第19代当主・徳川義親の時代に約300年間にわたり造営された墓所約170基を廃し、遺骨を鉄筋コンクリート造の納骨堂に納める整理が行われました。この整理は1936年に完了し、義親の遺骨も後に同所に納骨されました。
源敬公廟は、尾張徳川家初代徳川義直の廟所です。諡号(しごう)である「源敬公」に由来します。廟所には竜の門や築地塀、唐門、焼香殿、宝蔵などがあり、いずれも重要文化財に指定されています。これらの建築物は禅宗様式を基調とし、中国風の装飾が施されています。
義直の墓には、石垣の一部を外すと数百万両の軍用金が埋められているという伝説もあります。
定光寺は、桜や紅葉の名所としても有名です。春にはソメイヨシノが咲き誇り、秋には境内の展望台から赤く染まった紅葉を楽しむことができます。周辺の自然環境も美しく、訪れる人々を魅了します。
春には正伝池周辺のソメイヨシノが満開となり、多くの行楽客で賑わいます。池には六角堂が建ち、風情ある景色を楽しむことができます。
夏にはキャンプやホタル鑑賞が楽しめ、家族連れや自然愛好家に人気です。
秋になると、境内や高台の展望台から眺める紅葉が美しく、訪れる人々を魅了します。定光寺周辺は紅葉の名所として広く知られています。
冬には静寂な雰囲気が漂い、落ち着いた時間を過ごすことができます。
定光寺には、国指定の重要文化財や市指定文化財が数多く存在します。それぞれの文化財は、日本の歴史や建築技術を物語る貴重な遺産です。
なお、源敬公廟と尾張徳川家納骨堂は定光寺の所有ではなく、尾張徳川家が個人で所有しています。
定光寺に関する瀬戸市指定文化財には、以下のものがあります。
定光寺の本尊である木造地蔵菩薩坐像は、来訪者の心を癒す存在として長く信仰を集めています。特に桜や紅葉の季節には、境内が多くの参拝者や観光客でにぎわいます。また、定光寺周辺には愛知高原国定公園の一部として自然豊かな環境が広がっており、散策やレクリエーションにも最適です。
定光寺へのアクセスは以下の通りです。
定光寺は愛知高原国定公園内に位置し、自然散策路としても親しまれています。東海自然歩道の一部でもあり、散策やハイキングを楽しむ人々が訪れます。定光寺公園内には春の桜や秋の紅葉を楽しめるスポットが多く、四季を通じて魅力的な観光地です。歴史と自然を堪能できる定光寺を訪れて、心安らぐひと時をお過ごしください。