覚王寺は、愛知県丹羽郡扶桑町にある臨済宗妙心寺派の仏教寺院です。歴史あるこの寺院は、長い年月を経て今も多くの人々に親しまれています。
覚王寺は、金華山(きんかざん)の山号を持ち、本尊は十一面観音です。本堂、庫裏(くり)、大日堂、鐘楼(しょうろう)、山門の5棟が国の登録有形文化財に指定されています。寺の境内には、歴史を感じさせる風情ある建物が点在し、訪れる人々に静寂と安らぎを提供しています。
覚王寺の創建は、1330年(元徳2年)にさかのぼります。当初は天台宗の寺院として建立されましたが、戦乱などによる被害を受けることもありました。
特に、室町時代の文明年間(1469年~1487年)に火災で焼失した際には、本尊である十一面観音像だけが奇跡的に難を逃れ、現在も寺宝として大切に祀られています。
その後、1510年(永正7年)に十四世・友峰宗益(ゆうほうそうえき)によって再建されました。この際、寺は現在の扶桑町高雄小学校の西南にあたる場所へ移され、臨済宗へ改宗されました。また、友峰和尚を開山として、扶桑町山那にある龍泉寺の末寺となりました。
さらに1729年(享保14年)、研宗和尚の時代に現在の地へと移転され、現在に至ります。
2005年(平成17年)7月12日、覚王寺の本堂、庫裏、大日堂、鐘楼、山門の5棟が国の登録有形文化財に指定されました。それぞれの建物は、歴史的な価値が高く、建築様式にも特徴があります。
現在、高雄南屋敷にある覚王寺は、かつて下野村堀の内に位置していました。現在の扶桑町高雄北海道の南側、名古屋鉄道の線路が敷かれているあたりが旧覚王寺の跡地とされています。
この場所は、織田信長が犬山城を攻める際の進撃路にあたり、戦乱の舞台となりました。当時、犬山方の武士たちは覚王寺を拠点として戦いましたが、その兵火により旧覚王寺は焼失したと考えられています。
現在の覚王寺は、十四世友峰宗益によって再興され、戦火を逃れた後、現在の場所に移されて再建されたものです。また、覚王寺の鐘には「天文永禄之蜂起(てんもんえいろくのほうき)」という銘文が刻まれており、この戦乱の中で鐘が失われ、新たに鋳造されたことを示しています。
覚王寺の周辺には、歴史を感じさせる寺社や名所が点在しており、観光スポットとしても魅力的です。また、扶桑町は名古屋市からのアクセスも良く、日帰り旅行として訪れるのに適した場所です。
駐車場も完備されており、観光や参拝に便利な環境が整っています。
覚王寺は、1330年の創建以来、長い歴史を持つ寺院であり、臨済宗の名刹として知られています。戦乱や火災を乗り越え、現在も地域の人々に大切にされているこの寺院は、歴史的価値の高い文化財を有し、訪れる人々に深い感動を与えてくれる場所です。
静寂に包まれた境内を歩きながら、歴史の息吹を感じるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。