太清寺は、愛知県春日井市勝川町にある臨済宗妙心寺派の寺院です。歴史ある寺院であり、徳川家康が関わった逸話を持つことで知られています。元々は「醍醐山 龍源寺」と呼ばれていましたが、後に現在の「龍源山 太清寺」と改められました。
太清寺の創建年月は不明ですが、かつては「醍醐山龍源寺」と称され、真言宗の寺院であったと推測されています。その後、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いの際、徳川家康が阿弥陀堂で休憩した記録があります。この時、家康は「勝川」という地名を縁起が良いと喜び、戦いの勝利を確信したと言われています。家康はまた、この地で旗竿を作り、全軍を率いて戦場に向かい、秀吉軍との戦いに勝利しました。
戦いの途中、家康は阿弥陀堂で休息を取った際、庄屋の長谷川甚助にこの地の名前を尋ねました。「勝川村」との答えに、家康は「これは吉祥、縁起のいい名だ」と喜びました。その後、牡丹餅を食べようとした際に箸が一本折れてしまいましたが、甚助が「天下が一本になる予兆」と述べたことで家康は笑顔になったと言われています。この一連の出来事から、勝川の名は吉祥の象徴として広く知られるようになりました。
徳川家康の時代以降、太清寺は一時荒廃しましたが、慶安4年(1651年)に名古屋の宝林寺の舊岩和尚が再建に尽力しました。その後、寛文3年(1663年)に寺号が現在の「龍源山太清寺」に改められました。阿弥陀堂も幾度かの再建を経て、現在の十王堂(阿弥陀堂)は昭和55年(1980年)に再建されたものです。
太清寺の境内は広大で、約2270坪の敷地を誇ります。門をくぐると、左手に十王堂、奥に本堂、さらに奥には薬師堂が配置されています。
薬師堂の創建年月は不明ですが、慶安4年(1651年)に再建された記録があります。薬師堂は現在も多くの参拝者に親しまれています。
十王堂は元々龍源寺の境内東側に位置していました。現在の建物は昭和55年(1980年)に再建されたもので、阿弥陀如来像が安置されています。この像はかつての焼失した阿弥陀堂の余木を使って彫刻されたものです。
境内奥に位置する本堂は、嘉永3年(1850年)に再建されました。堂内には貴重な仏像や経典が安置されています。
太清寺には以下の貴重な経典が伝わっています:
所在地:〒486-0945 愛知県春日井市勝川町2丁目14-3 アクセス: JR中央本線「勝川駅」下車、徒歩で約14分。 かすがいシティバス「勝川住宅前」停留所下車、徒歩で約2分。
太清寺は歴史と文化が融合した寺院であり、徳川家康の逸話を体感することができる貴重な場所です。訪れる際には、その歴史的背景に思いを馳せながら、境内の静寂と美しさを楽しんでください。