華蔵寺は、愛知県西尾市に所在する臨済宗妙心寺派の寺院であり、山号を「片岡山(へんこうざん)」と称します。長い歴史を持つこの寺院は、高家として知られる吉良家の菩提寺として知られています。
華蔵寺は慶長五年(1600年)に、吉良上野介義央の曾祖父である吉良義定によって創建されました。義定が旗本として吉良家を再興した際、父・吉良義安の菩提を弔うために建立されたのが起源です。
境内には、吉良義安から義央の後継・義周まで6代にわたる吉良家の墓所が整備されており、静寂の中に吉良家の歴史が刻まれています。毎年12月14日には、吉良義央の命日に合わせて「毎歳忌(まいさいき)」という法要が執り行われ、参拝者が多く訪れます。
華蔵寺には、吉良家にゆかりのある数多くの文化財が保管・展示されています。特に有名なものは、江戸時代の文人画家・池大雅による襖絵や木額です。
西尾市指定文化財としても、多くの重要な資料があります。
池大雅(1723-1776)は、江戸時代を代表する南画家・書家であり、数多くの優れた作品を遺しました。彼は幾度も華蔵寺を訪れ、襖絵や木額などを奉納しています。山門の山号「片岡山」、中門の「華蔵世界」、本堂西の間にある「香水海」の3面の木額も大雅の筆によるものであり、いずれも県の文化財に指定されています。
また、大雅は本堂で展示される襖絵を通じて、華蔵寺の美と精神を後世に伝えています。これらは通常非公開ですが、正月には一般公開されることもあります。
池大雅は、享保8年(1723年)、京都の下級役人の家に生まれました。幼くして父を亡くし、貧しい暮らしの中で書と画を学び、6歳で素読、7歳で唐様書法を始めました。のちに萬福寺で書を披露し、「神童」と称された逸話も伝わっています。
彼は、柳沢淇園から文人画の手ほどきを受け、中国や日本の伝統に加え、西洋画の影響も取り入れて独自の画風を確立しました。妻の池玉瀾も画家として知られ、与謝蕪村とともに「南画の大成者」とされています。
代表作の一つである「十便十宜図」は、文人が理想とする生活を絵画に表現したものです。中国の詩「十便十宜詩」に基づき、大雅と蕪村が共作したこの作品は、俗世を離れた雅な暮らしを、軽妙で品のある筆致と色彩で描いています。
大雅は「万巻の書を読み、万里の路を行く」という思想を実践し、旅と登山をこよなく愛しました。ある日、京都の庵で富士山の話をしていた際、話の流れでそのまま出発し、1か月かけて旅をしたという逸話も残っています。
華蔵寺には、吉良義央公の木像が御影堂に祀られており、義安像、義定像とともに、代々の当主の存在を今に伝えています。義央公の像は、50歳の姿を写し、自ら彩色を施したと伝えられており、精緻な技術とともに深い精神性が感じられる逸品です。
華蔵寺は、吉良家の菩提を弔う場所であると同時に、日本の文化と芸術の宝庫でもあります。池大雅による芸術作品、吉良家の遺品や墓所など、訪れる者に深い感動と歴史的学びを与えてくれます。
年末の法要や文化財の特別公開の際には、多くの参拝者や歴史愛好者がこの寺を訪れます。西尾市を訪れる際には、ぜひこの荘厳かつ優美な寺院・華蔵寺をお訪ねください。