妙福寺は、愛知県碧南市志貴町にある浄土宗西山深草派の寺院です。山号は多聞山、本尊は阿弥陀如来を祀っています。地元では「志貴毘沙門天(しきびしゃもんてん)」や「棚尾の毘沙門さん」とも呼ばれ、安専寺や光輪寺とともに「棚尾の三寺」として知られています。
また、三河新四国八十八ヶ所霊場の73番・74番札所、さらには三河七福神の一つとしても信仰を集めています。
妙福寺の歴史は古く、仁寿元年(851年)に志貴荘の荘司である志貴周亮(しきのちかすけ)がこの地にやってきたことに始まります。翌仁寿2年(852年)に毘沙門天を祀り、仁寿3年(853年)には八王子宮(現・八柱神社)を創建しました。
鎌倉時代には、棚尾城主熊谷若狭守直氏が寺院を建立し、当初は天台宗の寺院として発展しました。
戦国時代、天正18年(1590年)、生田新左エ門忠兼が僧・月翁清白上人を住職として迎え、天台宗から浄土宗へと転派しました。月翁清白は開基とされ、以降、浄土宗西山深草派の寺院として続いています。
妙福寺は、徳川家康が戦勝祈願を行った寺院としても知られています。そのため、地元では「勝運の神」としての信仰が厚く、多くの参拝者が訪れます。
妙福寺の山門は、かつて刈谷城の辰巳櫓であったものが、明治時代初期に移築されました。歴史を感じさせる貴重な建築物です。
本尊である阿弥陀如来を祀る本堂は、参拝者が祈りを捧げる場所として静寂に包まれています。
妙福寺の毘沙門堂には、三河七福神の一つである毘沙門天が安置されています。この毘沙門天は、日本三体毘沙門の一体ともされ、特に商売繁盛や家内安全のご利益があるとされています。
また、毎月3日には毘沙門堂の例祭が行われ、多くの参拝者で賑わいます。
美しい鐘楼門が境内にあり、訪れる人々に厳かな雰囲気を与えます。
杉村修平は、幕末から明治期に活躍した種痘医・文人であり、碧南市で医業のかたわら私塾を開きました。その功績を讃える石碑が境内にあります。
俳句雑誌「ホトトギス」の同人として知られる古久根蔦堂庵や鈴木花蓑の歌碑も残されています。
嘉永元年(1848年)に岡崎の石工・太田藤右衛門淑彦によって製作された常夜燈です。2020年頃に撤去されましたが、その歴史的価値は語り継がれています。
妙福寺の毘沙門天は、聖徳太子が作ったと伝えられる日本三体毘沙門の一つとされています。その霊験あらたかなご利益から、毎月3日の例祭には多くの人が参拝し、商売繁盛や家内安全を祈願します。
〒447-0885 愛知県碧南市志貴町2-61
名鉄三河線碧南駅から徒歩約10分
妙福寺は、勝運・商売繁盛・家内安全のご利益を求める人々が訪れる霊験あらたかな寺院です。歴史的な背景や徳川家康との関わり、日本三体毘沙門の一体を祀るなど、多くの魅力を持っています。毎月3日の例祭には、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。