西方寺は、愛知県碧南市浜寺町にある真宗大谷派の寺院です。歴史的な寺院が点在する「大浜てらまち」と呼ばれる地域に位置し、長い歴史と貴重な文化財を有しています。
西方寺は、大浜の西方寺、高取の専修坊、高浜の恩任寺とともに、「浜の三か寺」と呼ばれていました。この「浜の三か寺」は、浄土真宗の「三河三か寺」の末寺を意味し、西方寺は勝鬘寺、専修坊は上宮寺、恩任寺は本證寺の末寺とされています。
建仁3年(1203年)、西方寺は三河碧海郡棚尾村に「光照寺(こうしょうじ)」という天台宗の寺院として創建されました。その後、貞永元年(1232年)、念雅僧都の代に親鸞聖人に帰依し、天台宗から浄土真宗へ改宗しました。
明応5年(1496年)、現在の碧南市大浜村へ移転し、「法応山西方寺」と改称しました。寛政12年(1800年)には30代住職・慈慶のもとで本堂の建築が始まり、完成までに数十年を要しました。さらに、文久3年(1863年)には鐘楼・太鼓堂・土塀が完成し、境内の整備が進みました。
明治4年(1871年)、西方寺は「大浜騒動(鷲塚騒動)」の舞台となり、民衆による詰問を受けました。同年、太鼓堂は「新民序」と呼ばれる学校の校舎となり、碧南市の学校教育の発祥の地となりました。その後、周辺地域に「新民塾」と呼ばれる学校が設立され、これがのちの小学校の基礎となりました。
1888年(明治21年)からは、近代仏教の先覚者であり、宗教哲学者でもあった清沢満之(きよざわ まんし)が副住職を務めました。満之は宗教改革に尽力しましたが、39歳の若さで亡くなりました。彼の業績を称え、1914年(大正3年)には本門と玄関が完成しました。
西方寺にゆかりのある清沢満之を顕彰するため、彼の百回忌にあたる2004年(平成16年)10月16日に「清沢満之記念館」が開館しました。
西方寺の所在地は以下の通りです。
住所:愛知県碧南市浜寺町2丁目19番地2
アクセス:名鉄三河線「碧南駅」から徒歩5分
広大な敷地に遊具や芝生広場があり、家族連れに人気のスポットです。
多種多様な海の生き物を観察できる水族館で、大人から子どもまで楽しめます。
西方寺は、長い歴史を持つ真宗大谷派の寺院であり、文化財の宝庫でもあります。特に、近代仏教の礎を築いた清沢満之のゆかりの地として、多くの参拝者が訪れます。境内には貴重な建築物や文化財が多く残されており、歴史を学びながら静かに参拝できる場所です。碧南市を訪れた際には、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。