養寿寺、愛知県西尾市下矢田町にある、浄土宗西山深草派に属する由緒ある寺院です。山号を「亀休山(ききゅうざん)」と称し、本尊には阿弥陀如来を安置しています。「矢田のおかげん」として長い歴史の中で地域に親しまれてきたお寺です。
寺伝によれば、大同元年(806年)、勤操阿闍梨(ごんそうあじゃり)がこの地を訪れた際、東方の砂浜(当時は海辺)に霊亀が現れ、その背中に八臂の青衣弁財天が座していたのを目撃しました。その霊験に感銘を受け、「この地こそ仏法繁栄の地である」と悟り、堂宇を建立したのが始まりとされています。
当初は天台宗に属していましたが、寛正2年(1461年)、彰空宗永(しょうくうそうえい)上人が再興し、宗派を浄土宗西山派に改めました。これにより、養寿寺は新たな信仰の中心として再び栄えることになります。
文明年間(1469年~1486年)には、徳川家康の大伯母であり、吉良義安の夫人であった「矢田姫(やたひめ)」が養寿寺の本堂南側の墓地に埋葬されたと伝えられています。これにより、養寿寺は徳川家とのゆかりを深め、慶長7年(1602年)には家康より寺領36石の朱印地を賜ることとなりました。
広大な境内には、江戸時代の趣を今に伝える数多くの建造物が存在します。
入母屋造本瓦葺の荘厳な建物で、仏前に立つと自然と心が落ち着くような静謐な空間が広がります。
重層構造の壮麗な門で、西尾市指定有形文化財に指定されています。市内でも貴重な建築物の一つです。
境内への入口を彩る木造の門で、訪れる者を温かく迎え入れてくれます。
禅宗様式を取り入れた重厚な建築で、「針吐地蔵(はりはきじぞう)」を祀っています。この地蔵は誤って体内に入ってしまった針を吐き出させてくれるとされ、古くから厚い信仰を集めています。
毎年、旧暦2月15日頃(現在は3月の最終日曜日)には、釈迦の命日にちなんだ「涅槃会(ねはんえ)」が盛大に開催されます。読経にあわせて、笙(しょう)、笛、太鼓などの管弦が奏でられ、華やかな雰囲気に包まれます。この行事は江戸時代から続く伝統行事で、「矢田のおかげん」として地域の人々に親しまれてきました。
また、毎年8月24日には「地蔵会」と呼ばれる地蔵盆のお施餓鬼が行われ、多くの参拝者が先祖供養のために訪れます。伝統に基づいた法要が営まれる中で、仏教の慈悲の心が今に受け継がれています。
養寿寺には多くの文化財が保管・伝承されており、いくつかは西尾市の岩瀬文庫に寄託されています。その中でも以下のものが有名です。
これらの文化財はいずれも貴重な歴史資料であり、中世から近世にかけての宗教美術や思想、地域の文化を知る手がかりとなります。ただし、一般公開はされておらず、現在は非公開の状態となっております。
養寿寺へは、名鉄西尾線「西尾駅」で下車し、名鉄バスに乗車。「下矢田」停留所で下車後、徒歩で約10分の場所に位置しています。比較的アクセスしやすく、四季折々の風景を楽しみながらの参拝が可能です。
養寿寺は、歴史的背景、徳川家との関わり、数多くの文化財、そして長きにわたる地域の信仰と伝統行事など、多くの魅力を兼ね備えた寺院です。訪れることで、日本の歴史や宗教文化の奥深さに触れることができる、まさに知る人ぞ知る名刹といえるでしょう。