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諏訪神社(西尾市)

(すわ じんじゃ)

諏訪神社は、愛知県西尾市一色町に位置する由緒ある神社であり、正式には「三河一色諏訪神社」とも呼ばれています。旧社格は郷社に位置づけられており、地域の人々に長年親しまれてきました。

毎年8月の第4土曜日・日曜日には、例祭が行われ、特に「三河一色大提灯まつり」が有名で、多くの参拝者でにぎわいます。大提灯を奉納し、神前での祈りを捧げるこのお祭りは、地域の伝統行事として重要な意味を持っています。

御祭神と信仰

主祭神とその神徳

主祭神は建御名方命(たけみなかたのかみ)であり、この神は大国主命の第二子とされています。日本神話では力の神として知られ、諏訪地方の開発と守護に尽力した神とされています。

配祀神と信仰の広がり

本神社では、八坂刀売神(やさかとめのかみ)菅原道真公も配祀されています。八坂刀売神は建御名方命の妃神であり、夫婦神としての信仰も厚いです。菅原道真公は学問の神として全国的に有名であり、受験合格や学業成就を願う参拝者も多く訪れます。

諏訪神社の歴史

創建と由来

創建の正確な年代は不明ですが、室町時代の永禄年間(1558年~1570年)に、信濃国の諏訪大社から分霊を勧請したのが始まりとされています。地元にやってきた行者が、祠を建てて祀ったことがきっかけです。

その行者は鳥居甚右衛門という人物であり、神職となった彼の一族が14代にわたり神社を守り続けました。なお、この鳥居家は、戦国時代の名将鳥居元忠と同じ一族とされ、歴史的にも興味深い系譜を持っています。

三河一色大提灯まつり

伝承と起源

約450年前、この地の海に魔物が出現し、農作物や人々に被害を及ぼしていたと伝えられています。村人たちは諏訪神社の神前で篝火を焚き、真鎮剣を奉じて祈祷を行いました。すると、魔物は現れなくなったとされ、これが祭りの始まりとされています。

提灯の進化と現在の姿

江戸時代の寛文年間(1661年~1672年)には、提灯を奉納する形式に発展し、やがて装飾が加えられ、大型化していきました。江戸中期には経済的な余裕もあり、屋根型の覆いを付けた提灯が登場し、豪華絢爛なものとなりました。

しかしその大きさが競争の的となり、幕末には西尾藩が「提灯をこれ以上大きくしないよう」通達を出すほどで、その熱気がうかがえます。

6組による奉納の儀式

間浜組・上組・中組・大宝組・宮前組・諏訪組の6組が、それぞれ大提灯を2張ずつ掲げ、神前で奉納します。間浜組の提灯が最も大きく、高さ17m、直径5.6m、重さ93kgにも及びます。一方、諏訪組の提灯は比較的小型で、直径3.64m、長さ5.91mです。

提灯には極彩色で神話や歴史を描いた絵が施され、夜には幻想的な雰囲気を醸し出します。

文化財としての価値

1969年(昭和44年)には、6組の提灯と柱組一式が「一色の大提灯六組」として、愛知県指定有形民俗文化財に指定されました。これほど巨大な提灯は他に例がなく、文化的価値が非常に高いものとされています。

近年では1994年(平成6年)から2001年(平成13年)にかけて、130年ぶりにすべての提灯が修復されました。その費用はおよそ1億2000万円に上ります。

現在も一色地域文化広場の西尾市立一色学びの館にて、大提灯のレプリカが展示されており、年間を通して見学することが可能です。

境内の見どころ

社殿・拝殿・その他建造物

神社の社殿は檜材による流造で、間口2間、奥行1間3尺の構造です。拝殿は入母屋造で間口4間3尺、奥行3間1尺とやや大きめで、風格ある佇まいを見せています。屋根は伝統的な檜皮葺です。

また、祭文殿や社務所なども備わっており、全体として落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

境内社のご紹介

諏訪神社の境内には、以下のような摂末社が祀られています。

おわりに

地域の心を今に伝える諏訪神社

諏訪神社は、神話の神々を祀る信仰の場であり、地域の歴史を今に伝える貴重な文化遺産です。特に三河一色大提灯まつりは、地域住民が心を一つにして支えてきた祭りであり、毎年多くの人々が訪れ、伝統の火を絶やすことなく受け継いでいます。

歴史と文化、信仰と人々の想いが融合したこの神社は、西尾市を訪れる際にぜひ足を運びたいおすすめの観光スポットです。

Information

名称
諏訪神社(西尾市)
(すわ じんじゃ)

蒲郡・西尾・碧南

愛知県