宝珠院は、愛知県西尾市吉良町に所在する、浄土宗西山深草派に属する歴史ある寺院です。山号は如意山、寺号は國壽寺、そして本尊には阿弥陀三尊が安置されています。開山以来、多くの信仰を集め、現住職で第34代を数える名刹です。
宝珠院の歴史は、今から約570年以上前の1450年(宝徳2年)にさかのぼります。当時、天台宗の僧であった教印栄俊(きょういんえいしゅん)が比叡山から東国巡礼の旅の途中、この地において霊験あらたかな光景に出会いました。それを霊地と見定め、小さな庵を結び、比叡山より請来した十一面千手千眼観世音菩薩像を安置したことが始まりと伝えられています。
その後、教印栄俊は富士山へ登り、富士山本宮浅間大社にて参籠し、そこで感得したのが山霊の大日如来</strongでした。12年間にわたり富士山麓・吉田口に籠り、そこで自ら彫刻した大日如来像を現在の地へ持ち帰り、地域住民の篤い信仰を得て寺を建立しました。これが「如意山寳珠院穀聚寺(こくじゅじ)」の始まりです。時代が下るにつれて、寺号は現在の「國壽寺」に変わりました。
第5世住持である珠光(じゅこう)の時代に、宗派を浄土宗に改め、本尊として阿弥陀三尊を安置するようになりました。この頃より法灯は脈々と受け継がれ、今日に至っています。
1584年(天正12年)、豊臣秀吉が長久手の戦いに向かう途中、海路を経て宝珠院に陣を敷いたと伝えられています。これにより、寺は秀吉から寺領36石と旅茶碗1個</strongを拝領しました。
その後、徳川家からも朱印状が与えられ、豊臣家・徳川家両家からの厚い庇護を受けました。これを受け、両家の位牌を祀り、寺紋には「三ツ葉葵」が用いられています。
境内の中心に構える本堂は、1675年(延宝2年)、第14世住持の圭空(けいくう)によって再建されたものです。荘厳で落ち着いた佇まいは、訪れる人々に深い感動を与えます。
草創期に安置された十一面千手千眼観世音菩薩を祀る建物です。吉田郷開拓の地とされるこの場所では、草切観世音として信仰を集めており、2001年(平成13年)には開創550年を記念して再建されました。
教印栄俊が自ら彫ったと伝わる富士浅間大日如来を本尊とし、1902年(明治35年)に建立されました。吉良町の戦没者を合祀しており、鎮魂の場としても重要な役割を果たしています。
開創550年と21世紀の幕開けを記念し、2001年に建立されました。六角は仏教の六波羅蜜を象徴し、境内には「慈悲の鐘」と「智慧の鐘」という二つの梵鐘が備えられています。
境内右手にある庭園には、富士山の姿を模した笠松が植えられています。この松は推定樹齢200年以上とされ、豪商・三原屋から移植されたことから「三原の松」と呼ばれています。長寿と不老を象徴する寿老尊にちなむ名木です。
三台七曜廿八宿星曼荼羅(さんだいしちようにじゅうはっしゅくほしまんだら)という貴重な絵画が指定されています。
これらの建造物は、江戸中期の建築様式を色濃く残しており、宗教建築としてだけでなく、歴史的建造物としても非常に高い価値を持っています。
宝珠院は、歴史的背景や宗教的意義のみならず、建築美や地域との結びつき、そして多彩な年中行事を通じて、今もなお多くの人々に親しまれています。西尾市を訪れる際には、ぜひ足を運んでいただきたい、心安らぐ名刹です。