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無量寿寺(知立市)

(むりょうじゅじ)

八橋の名勝と歴史を彩る寺院

無量寿寺は、愛知県知立市にある臨済宗妙心寺派の寺院です。山号は八橋山(やつはしさん)と称し、三河新四国八十八ヶ所霊場の第四番札所として信仰を集めています。
この寺は、奈良時代に創建されたと伝えられ、江戸時代には方巌売茶翁(ほうがんばいさおう)によって再建されました。
境内には歴史的な文化財や名勝・八橋かきつばた園があり、毎年多くの観光客が訪れます。

無量寿寺の歴史

奈良時代から続く由緒ある寺

無量寿寺の創建は、奈良時代の704年(慶雲元年)に遡るとされています。もともとは「慶雲寺」と称し、その後822年(弘仁12年)に密円(みつえん)という僧が現在の地に移転し、真言宗の寺院として整備しました。

江戸時代の再建と方巌売茶翁

1812年(文化9年)、方巌売茶翁によって再建が行われ、同時に「杜若庭園」も整備されました。
方巌売茶翁は、煎茶道を広めたことで知られ、彼が再興した無量寿寺は文化人や茶人たちの集う場となりました。
しかし、1913年(大正2年)に本堂が焼失し、1917年(大正6年)に再建され現在に至ります。

境内の見どころ

八橋史跡保存館

境内には「八橋史跡保存館」があり、八橋かきつばたの歴史や文化を伝える資料が展示されています。
また、在原業平ゆかりの品々や、方巌売茶翁が使用した竹製の笈(県指定文化財)など、貴重な文化財が数多く保存されています。

ひともとすすき 〜縁結びのすすき〜

境内には「ひともとすすき」というすすきが植えられています。
これは、謡曲『筒井筒』の故事に由来するとされ、このすすきの葉を片手で結ぶことができると願い事が叶うという言い伝えがあります。
縁結びのご利益があるとして、多くの参拝者が訪れます。

杜若姫・杜若姫墓供養塔

無量寿寺には「杜若姫」に関する伝承が残っています。
平安時代の歌人在原業平(ありわらのなりひら)の恋人とされる杜若姫(かきつばたひめ)は、業平を追って都から八橋へとたどり着きました。
しかし、業平はすでに八橋を離れており、悲しみに暮れた杜若姫は、近くの逢妻川に身を投げたと伝えられています。
境内の北東には、彼女を弔う「杜若姫墓供養塔」が建てられています。

八橋古碑

「八橋古碑」は、岡崎藩の儒学者秋本嵎夷(あきもときゅうい)が撰文し、八橋の在原業平の故事を刻んだ石碑です。
1742年(寛保2年)に建立され、花崗岩製の亀甲の上に建てられています。
伝説によれば、この碑文を一息に読み切ると亀が動くともいわれています。

八橋かきつばた園 〜平安時代から続く名勝〜

在原業平と「かきつばた」

無量寿寺の所在地である八橋は、平安時代の歌人在原業平が詠んだ和歌によって知られる「かきつばた」の名勝地です。
彼は伊勢物語の一節において、旅の途中で「かきつばた」の5文字を句頭に織り込んだ和歌を詠みました。

からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ

この和歌が詠まれたことにより、八橋の地は「かきつばたの名所」として名高くなりました。

かきつばた園の規模と見頃

八橋かきつばた園の面積は約13,000平方メートルあり、16の池(約5,000平方メートル)に約3万本のかきつばたが植えられています。
毎年4月下旬から5月下旬にかけて、「史跡八橋かきつばたまつり」が開催され、ゴールデンウィーク頃が特に見頃となります。
この時期には全国から多くの観光客が訪れ、美しい紫色の花々が池の水面を彩ります。

日吉神社 〜無量寿寺とゆかりの深い神社〜

境内には「日吉神社」(日吉山王社)も鎮座しています。
この神社は、704年(慶雲元年)の無量寿寺創建時に、山門の鎮護神として日吉山王宮(現在の滋賀県大津市の日吉大社)から勧請されたと伝えられています。
明治時代初期の「神仏分離令」により、無量寿寺とは分離されましたが、現在も地域の人々の信仰を集めています。

アクセス情報

所在地

愛知県知立市八橋町寺内61番地1

アクセス方法

まとめ

無量寿寺は、奈良時代から続く歴史ある寺院であり、江戸時代には方巌売茶翁によって再興されました。
境内には八橋史跡保存館や杜若姫供養塔、八橋古碑など多くの文化財があり、八橋かきつばた園は平安時代から続く名勝として有名です。
5月の「史跡八橋かきつばたまつり」には全国から観光客が訪れ、見事なかきつばたの花を楽しむことができます。
知立市を訪れた際には、ぜひ無量寿寺とその周辺を巡り、歴史と自然の美しさに触れてみてください。

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名称
無量寿寺(知立市)
(むりょうじゅじ)

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