佐久島は、愛知県西尾市に属する三河湾のほぼ中央に浮かぶ離島です。全島が三河湾国定公園に指定されており、自然環境に恵まれた静かな島として知られています。島の面積は約1.81平方キロメートルで、周囲は約11.5km。三河湾にある離島の中では最大の面積を誇ります。日間賀島や篠島とともに「三河湾三島」「愛知三島」などと呼ばれ、独自の文化と歴史を築いてきました。
佐久島は西尾市一色町から南へ約8kmに位置し、三河湾のほぼ中央にあります。面積は1.81平方キロメートルで、三河湾に浮かぶ島々の中でも最大です。近隣の知多半島や渥美半島とも約10km以内の距離にあり、生活面での交流も盛んです。
島の北部には標高30m前後の緩やかな丘陵が連なり、ヤブツバキやサザンカなどが群生しています。最高標高は38mで、河川は存在しません。海岸線は11.5kmにおよび、自然豊かな環境が特徴です。代わりに、ハイキングに適した小道が整備されており、季節ごとに美しい花々が訪れる人々の目を楽しませます。
佐久島本島の周囲には、弁財天を祀る「筒島」や、釣り愛好家に人気の「大島」などの小島があり、それぞれ堤防で本島と連結されています。
島内には、東集落と西集落の2つの主要な居住地があります。東集落はかつて「里」と呼ばれ、西集落は「一色」と呼ばれていました。現在ではそれぞれ「東」「西」と称され、南部の海岸沿いに扇状に広がっています。
町並みには、大正から昭和初期に建てられた木造の民家が多く残されており、中でも西港付近では外壁にコールタールを塗った家々が独特の風情を醸し出しています。この風景は、建築学者の瀬口哲夫氏により、「三河湾の黒真珠」とも評されています。
佐久島の気候は一年を通じて温暖で、年平均気温は約16度。降雪はほとんどなく、冬季の強風を除けば、非常に過ごしやすい環境が広がります。年間降水量は1,300mm程度で、愛知県の平均と比べるとやや少なめです。
本土に近い距離でありながら、島内には独特の植生が見られます。特に、2000本以上のヤブツバキがトンネル状に連なる丘陵の小径は、春先に見頃を迎える人気のハイキングスポットです。また、3~4月にはハマダイコンの花が海辺に咲き乱れ、春の訪れを感じさせてくれます。
島内では約2,500万年前の貝の化石が見つかっており、地質的には中新世の堆積物で成り立っています。紀元前3,000年頃から人々が住み始め、縄文・弥生時代の土器などが数多く出土しています。
『佐久島旧記』によると、崇神天皇の時代に佐久彦命がこの島へ移住して農業を始めたとされ、それが島の名前の由来と伝えられています。
島内には佐久島古墳群と呼ばれる古墳が多数存在し、総数は47基にのぼります。1966年には山の神塚古墳から金環や緑玉などの副葬品が発掘されました。藤原京や平城京の跡地からは「佐久嶋」「析嶋」などと書かれた木簡が出土しており、都への貢物として海産物が送られていたことがわかります。
中世には一時的に志摩国に属していたこともありましたが、鎌倉時代には吉良氏の勢力下に入り、三河国との関係が深まりました。江戸時代には上総大多喜藩領となり、特産品であるコノワタは幕府への献上品とされていました。
また、伊勢・志摩と関東を結ぶ海上交通の要所であり、海運業で大いに栄えました。特に吉田(現在の豊橋市)と伊勢神宮をつなぐ航路として重要で、多くの参拝者が利用していたといわれます。
佐久島東部に鎮座する八劔神社および神明社は、平安時代の万寿年間(1024年~1028年)に創建されたと伝えられており、江戸時代初期に再建されました。両社の本殿は、1964年(昭和39年)に愛知県の指定文化財として登録され、その由緒の深さを今に伝えています。
八劔神社では、毎年正月に「八日講」と呼ばれる伝統行事が開催されます。この祭りの起源は不明ながら、使用される祭具の中には宝暦6年(1756年)の銘が刻まれた膳があり、江戸時代中期には既に行なわれていたことが分かっています。祭りの目玉は、「鬼」の文字が書かれた大凧に向かって厄年の男性が弓矢を放つという儀式で、島民は災厄除けの象徴である凧の骨を奪い合います。
同じく東部に位置する阿弥陀寺は、浄土宗西山深草派に属し、本尊には阿弥陀如来が安置されています。寺の開山は永正2年(1505年)と伝わっており、その観音堂もまた1964年に愛知県指定文化財に指定されました。長い歴史を持つこの寺は、静かな佇まいの中に厳かな空気を感じることができます。
鎌倉時代初期の建久3年(1192年)には、鳥羽天皇の第七皇子である覚快法親王によって崇運寺が開かれました。島には、かつて徳川家康がこの寺に滞在したという言い伝えも残っており、歴史ロマンを感じさせます。毎年8月15日には、400年の伝統を持つ盆踊りが盛大に行なわれ、踊りの後には「精霊流し」として、東西の港から茅で作った船に蝋燭を灯して先祖を送る幻想的な風習が続けられています。
佐久島に祀られる佐久島弁財天(別名:筒島弁財天)は、蒲郡市の八百富神社(竹島)や豊川市の三明寺とともに「三河三弁天」の一つとされています。この神社が開帳されるのは、巳年と亥年の8月16日のみとされており、信仰の深さと神聖さを今に伝えています。
佐久島は、愛知県知多半島や三河地方に根付く弘法大師(空海)信仰の影響を受け、1913年(大正2年)には観光開発の一環として佐久島新四国八十八箇所(佐久島弘法巡り)が整備されました。
この巡礼路には、山中や集落の辻々に祠や大師像が点在しており、八十八箇所すべてを巡ることで弘法霊場を体験することができます。ただし、現在ではすべての札所が現存しているわけではなく、戦後の昭和30年代以降は、参拝目的の来島者は激減しています。
佐久島は、1996年より現代アートによる地域活性化に取り組んでおり、以下の2つの大規模プロジェクトが展開されています。
「弁天海港佐久島プロジェクト」は国土庁や愛知県の支援を受けて、一色町が主導で開催したもので、島の有志と協力し、地域文化とアートを融合させる試みが進められました。1998年には明治期の古民家を修復し、佐久島弁天サロンとして再生。展示や情報発信の拠点として島おこしに大きく貢献しました。
その後継となる「三河・佐久島アートプラン21」では、自然・伝統と現代アートとの融合により、島の魅力をさらに引き出すことを目指しています。代表的なアーティストである平田五郎は、築100年以上の民家を丸ごと芸術作品とした「大葉邸」などを手がけ、島の至るところにアートが点在するようになりました。
こうした取り組みの結果、Uターン・Iターンの移住者による民宿やカフェの開業が増え、佐久島は芸術と観光が共存する魅力ある観光地として全国から注目を集めています。
これらの作品は、島内に自然に溶け込むように設置されており、散策しながらアートを楽しめるユニークな体験を提供しています。
佐久島へは、一色港(西尾市)から定期船で約20分の船旅です。島内には徒歩で巡れる観光ルートが整備されており、自然の中を歩きながらアート作品や社寺を楽しむことができます。宿泊施設や飲食店も増えており、日帰りはもちろん、宿泊を伴う滞在もおすすめです。
佐久島は、歴史、自然、文化、そして人々の営みが融合した魅力あふれる離島です。近年では、現代アートを活用した地域活性化も注目されており、島内には多数の屋外アート作品が展示されています。アクセスも良好で、名古屋や豊橋から日帰りで訪れることも可能です。静けさの中で心癒される旅を求める方に、ぜひおすすめしたい観光地です。