西尾市は、愛知県の西三河地方に位置する歴史ある街です。矢作川流域の南端に位置し、抹茶の産地として知られる「西尾茶」の生産地であり、「三河の小京都」とも称される風情ある町並みが広がっています。
西尾城は、現在その一部が「西尾城址公園」として整備されています。公園内には本丸丑寅櫓(復元)や鍮石門などがあり、往時の面影を偲ぶことができます。茶室「尚古庵」では、西尾の抹茶を楽しむことができ、観光客に人気です。
抹茶の生産地として知られる西尾市には、「西尾市抹茶ミュージアム 和く和く」があります。ここでは、抹茶の歴史や製造過程を学ぶことができ、実際に抹茶を点てる体験も可能です。
佐久島は、芸術の島としても知られ、島内には多くのアート作品が展示されています。特に「おひるねハウス」などのユニークな作品は、フォトスポットとしても人気があります。
三ヶ根山スカイラインは、西尾市と蒲郡市を結ぶ絶景ドライブコースです。標高321mの三ヶ根山からは、三河湾や渥美半島を一望でき、特に夕日の美しさは圧巻です。
東条城は、西尾市に存在した城郭の一つです。かつてこの地を治めた東条吉良氏の拠点であり、歴史的に重要な役割を果たしました。
八面城は、「荒川城」とも呼ばれ、荒川義広によって築かれました。城跡は現在も残っており、当時の面影をしのぶことができます。
西尾城は、西尾市を代表する城郭の一つで、市の歴史と文化を語る上で欠かせない存在です。
東条吉良氏の宿老とされる富永氏が築いた城で、防衛拠点として機能しました。「牟呂城」とも呼ばれています。
高家吉良氏の陣屋で、「吉良陣屋」とも称されます。歴史的に価値のある建造物の一つです。
岡山陣屋の支城であり、市の指定史跡となっています。
源頼朝が三河守護・安達盛長に建てさせた「三河七御堂」の一つと伝えられています。現存する阿弥陀堂は鎌倉時代中期のもので、国宝に指定されています。
吉良家の菩提寺であり、吉良家代々の墓があります。また、吉良義央が寄進した経蔵や自身の木像も残されています。
東条城主・吉良氏の菩提寺として創建されました。本堂は1684年に吉良義央が姉・光珠院の菩提を弔うために寄付した資金で再建され、国の登録有形文化財となっています。
西条城主・吉良氏の菩提寺であり、歴史的な価値を有する寺院です。
1337年に足利尊氏によって創建されたと伝わります。本尊である子安地蔵菩薩は後白河法皇の作といわれています。
板倉勝重の菩提寺であり、歴史ある寺院の一つです。
806年に勤操阿闍梨が建立した堂が起源とされます。江戸時代の建築が多く残り、特に1683年建立の鐘楼門が有名です。
鐘楼が愛知県指定有形文化財に指定されています。
清水の次郎長が建てた吉良仁吉の墓所があります。
八面城主・荒川義広とその妻・市場姫(徳川家康の異母妹)の菩提寺です。また、鳥居忠吉(鳥居元忠の実父)の菩提寺でもあります。
八ツ面町にある本殿は、国の重要文化財に指定されています。延喜式式内社であり、歴史的価値が高い神社です。
推定樹齢1000年、高さ8m、根囲20mの巨大な椎の木があり、国の天然記念物に指定されています。
「綿の神様」を祀る全国唯一の神社で、全国の綿業者からの信仰を集めています。毎年10月第4日曜日には、伝統的な「棉祖祭」が開催されます。
本殿が国の重要文化財に指定されている歴史ある神社です。
毎年8月26日・27日に「三河一色大提灯まつり」が開催され、大きな提灯が献灯されることで知られています。
古墳時代中期に築かれた、三河最大級の前方後円墳であり、国の史跡に指定されています。
歴史的に重要な堤防で、地域の治水に貢献したと伝えられています。
戦国時代の戦いの舞台となった歴史的な場所です。
戦争で亡くなった人々を祀る慰霊施設として、歴史的・文化的価値があります。
西尾市岩瀬文庫は、1908年に実業家の岩瀬弥助によって私設図書館として創設されました。その後、西尾市に移管され、公立図書館としての役割を果たしましたが、2003年に博物館へと生まれ変わりました。館内には、歴史や文学、科学など幅広い分野にわたる書籍が約8万冊収蔵されています。
特に貴重な収蔵品として、旧書庫と旧児童館(現・西尾市立図書館おもちゃ館)が国の登録有形文化財に指定されています。また、後奈良天皇が書いた「宸翰般若心経(しんかんはんにゃしんぎょう)」は、国の重要文化財に指定されるなど、歴史的価値の高い資料が数多く保管されています。
西尾市憩いの農園は、植木・観葉植物・盆栽などを取り扱う大規模なショッピングセンターで、産地直売方式により園芸資材を販売しています。また、地元の農産物や海産物などの特産品も豊富に取り揃えられています。
併設されている西尾市バラ園では、200種類以上のバラが咲き誇り、訪れる人々に美しい景観を楽しませてくれます。春と秋のシーズンには、多くの観光客が訪れ、写真撮影や散策を楽しんでいます。
三河工芸ガラス美術館は、ガラス工芸を専門とする私設美術館です。2002年版の『ギネス世界記録』に掲載された巨大万華鏡が展示されており、訪れる人々に幻想的な体験を提供しています。
また、館内の体験工房では、ステンドグラスや万華鏡などのガラス工芸を実際に作ることができるため、家族連れや観光客に人気のスポットとなっています。
愛知こどもの国は、1974年に開園した児童遊園地で、広大な敷地内には多くのアトラクションや遊具があります。園内の「ゆうひが丘」では、ミニSL「こども汽車」が走行しており、その軌間762mmのナローゲージは、全国の遊園地やテーマパークにも影響を与えました。
三河湾国定公園の美しい景観の中に位置する吉良温泉は、穏やかな海とともに癒しの時間を提供します。近くには「宮崎海水浴場(吉良ワイキキビーチ)」があり、中京圏のリゾート地として人気があります。沖には梶島が浮かび、自然豊かな風景が広がります。
7月中旬の週末を含む3日間にわたり開催される伝統的なお祭りです。市内を練り歩く行列や神輿の渡御など、多くのイベントが行われます。1980年代には「西尾祭り音頭」が制作され、市内でレコード販売もされました。
毎年1月3日に熱池町八幡社で行われる豊作祈願の神事で、赤装束の厄男が大根を振る姿が特徴的です。愛知県の無形民俗文化財に指定されています。
8月14日に貝吹町で行われる旧盆の行事で、108基の松明が山の斜面に灯され、幻想的な光景を作り出します。
米津町の米津橋下流で行われる灯籠流しで、戦没者や三河地震の犠牲者を弔うための行事です。美しい灯籠とともに花火も打ち上げられます。
太夫と才蔵の二人が祝言を謡いながら舞い、言葉の掛け合いをする伝統芸能です。鎌倉時代に発祥し、江戸時代には幕府からの優遇を受けていました。1995年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。
江戸時代に農民が自衛のために身につけた棒術が発展したもので、西尾市では「鎌田流」が伝承されています。毎年10月の第3日曜日に披露され、愛知県の無形民俗文化財に指定されています。
アカエビ、サルエビなどのエビを主原料とした煎餅で、西尾市の名産品として知られています。昭和40年代には100社以上の業者が生産していました。
西尾市で古くから作られてきた塩で、歴史的な製法を受け継いでいます。
西尾という地名は、1564年に御剱八幡宮に奉納された鰐口の銘文に「三川國吉良庄西尾御剱鰐口酒井雅楽助政家寄進」と記されていることが確認されており、これが「西尾」という名称の初出とされていました。
しかし、2009年に横浜国立大学名誉教授の有光友學氏が発表した『今川義元書状』(江川文庫所蔵)に、「西尾之御事」「西尾城」という記述が見つかり、吉良氏が今川氏に反乱を起こした際のものと考えられています。このことから、「西尾」という名称の歴史はさらに遡る可能性があることが明らかになりました。
西尾市は、豊橋市、岡崎市とともに「三河三都」の一角をなすとされています。これは、西尾商工会議所が提唱しているもので、昭和7年発行の『西尾町史 第3巻』には、「吉田岡崎と共に参河三市としてその繁栄を誇りたり」と記されています。吉田は現在の豊橋市、岡崎は岡崎市のことを指します。
古代において、西尾市中心部は「幡豆郡熊来郷」と呼ばれていました。平安時代には、矢作川を境に西条と東条に分けられ、鎌倉時代には吉良氏がこの地を拠点としました。
戦国時代には、吉良氏は今川氏に従属していましたが、桶狭間の戦い以後、徳川家康による三河統一の過程で西尾城は重要な拠点となりました。1561年には、徳川家康の家臣である酒井正親が西尾城を奪い、以降、徳川家の勢力下に入りました。
江戸時代には、西尾藩が置かれました。特に西尾藩の城下町として栄え、城郭の整備や商業の発展が進みました。また、西尾藩内では製塩業が盛んであり、「饗庭塩」は高品質な塩として広く流通していました。
西尾市には、矢作川をはじめとする多くの河川が流れています。特に、一級河川である矢作川は、西尾市の豊かな自然環境を形成し、市内の農業や水運にも大きな影響を与えてきました。
西尾市には、三河湾に浮かぶ有人島「佐久島」があります。佐久島は、自然豊かな景観とともに、アート作品が点在する「佐久島アートピクニック」でも知られ、観光客に人気のスポットとなっています。島内には海鮮料理を楽しめる飲食店や、ゆったりとした時間を過ごせる宿泊施設もあります。
西尾市は、歴史と自然、文化が調和した魅力的な観光地です。西尾城や佐久島などの観光スポットに加え、抹茶文化やアートイベントなど、多彩な魅力を持っています。歴史を感じながら、美しい風景と美味しい抹茶を楽しめる西尾市へ、ぜひ訪れてみてください。